15 マネジメントと社会
「企業の社会的責任」の意味が変わった
1960年代の初めより企業の社会的責任と言いう言葉の意味が変わった。かつては以下の議論があった。
①私的な倫理と公的な倫理との関係に関わる問題
②働く者に対する責任に関わる問題
③地域社会への貢献という意味での責任に関する問題
重要なのは、いかなる貢献が出来るか
ところが今日、社会的責任を論ずる時、重点は全く別のところにある。
社会の問題に取り組み解決するために、企業は何を行い、何を行うべきか。
人種差別をはじめとする社会問題や環境問題の解決について、行い得る貢献に重点が置かれている。それらの問題は、企業に対して要求している。
マネジメントに対する過信
これらの要求に対する解説は間違っている。このような要求は、企業に対する敬意から生まれているのではなく、過大な期待を生んだのは企業の実績であり、成功への代償である。
今日、生活の質を心配出来る事は、成功の証である。確かに企業への社会的責任を求める声は、余りに多くを期待している。その声の根底にあるのは、権威に対する敵意ではなく、マネジメントに対する過信である。
政府に対する幻想
その上、政府に対する幻滅、社会問題を解決する能力への不信が強まっている。
社会的責任についての企業への要求の底にあるのは、企業のマネジメントが社会のリーダー的な地位を受け継いだとの考えから来ている。企業こそが、社会の価値と信条を形成し、個人の自由を実現し、より良き社会をついくれると考えている。
三つの物語
最近の本や雑誌は、無責任、貪欲、無能につての恐ろしい記事を満載している。しかし、社会的責任の問題は、これら無責任、貪欲、無能の問題ではない。そうならば、行動基準を設けて守らせればよい。
だが、残念な事に、社会的責任の問題は別のところにある。それは、良き意図、尊敬すべき行動、高度の責任感さえ、問題を引き起こす所にある。
ウエストバージニア州ビエナ町
ユニオン・カーバイト社は、貧しい街のビエナ町に産業を興し、雇用を生むために工場を立てた。当時の最高の技術を投入して工場を建設し最大2,500名の雇用を生んだ。
しかし、10年後、環境問題への関心が高まり、反公害、つまり、半カーバイトの市長が選ばれ、その10年後には、カーバイト社の悪名がアメリカ全土に広まった。
スウィスト・デ・アルデンフィーナの悲劇
スウィスト・デ・アルデンフィーナは、アルゼンチン最大の食肉工場であり、貧困地域の最大の雇用主であった。その後、米国資本のデルテックが買収し、最新の設備を導入したが衰退の一途をたどった。
競争相手の2社は、業績悪化に耐えかねて閉鎖したが、デルテックは、規模を縮小し、投資を行い経営を続けたが、収益力は回復しなかった。
その後、日本で言う「会社更生法」の申請を行ったが、アルゼンチンの判事は認めず、破産宣告し、デルテックの権利を一切認めなかった。
公民権とクエーカーの良心
1940年 アメリカの大手鉄鋼メーカーが南部の事業部に新しい北部出身でクエーカー教徒の事業部長を任命した。彼のミッションは、労働協定の締結であった。
一年をかけて、組合幹部との人間関係を築けた後、新しい工場の建設が決まり、役職の配分を組合を協議し、両者は合意した。
しかし、その人事を発表した朝、組合幹部がやって来て、ストライキ敢行の通知を行った。新しい工場の人員配置は、組合と監督で行う事が、ストライキ回避の条件であった。
事業部長は、クエーカー教徒の賢者に相談した。賢者はいう。「価値観や考えが正しくとも、大企業の経済力や、資本力、職務上の権限によって、地域社会を支配することは許されない」と。
この事業部長は、北部に帰り、人員配置を白紙に戻したが、その会社は、人種問題についてリーダーシップを取らなかったと激しく非難された。
社会的責任をマネジメントする。
社会的責任ついての要求は、簡単ではない。
企業は、経済的な機関であり、経済上の課題に対してのみ取り組むべきとの説はもっともであるが、社会的責任は、経済的な機能を損ない、企業を失う可能性もある。
だから、社会的責任を回避できないことを前提にマネジメントしなければならない。それは、現代社会においてマネジメント以外にリーダー的な階層が存在しないからである。
これらの三つの話に教訓があるとすると、社会的責任は、曖昧かつ危険な領域である事ではない。
あらゆる企業にとって、社会的責任は、自らの役割を徹底的に検討し、目標を設定し、成果を上げるべき重要な問題である。
社会的責任は、マネジメントしなければならない。
16 社会的影響と社会の問題
社会的責任は何処に生まれるのか
社会的責任の問題は、企業、病院、大学にとって、二つの領域で発生する。
第一に、自らの活動が社会に対して与える影響から生ずる。
第二に、自らの活動に関わらず、社会全体の問題として生ずる。
この二つの問題は、いづれも、組織が必然的に社会や地域の中の存在であるがゆえにマネジメントとして重大な関心事である。
現代の組織は、それぞれの分野で社会に貢献するために存在する。
組織は、社会の中、地域の中、隣人として存在する。そして、社会の中で活動するために、人を雇う。それゆえ、組織の存在理由としての社会に対する貢献以上のものが求められる。
病院の目的は、看護婦や料理人を雇う事ではなく、患者の世話をすることである。だが、その目的を達成するためには、看護婦や料理人を雇わねばならない。すると職場というコミュニティが誕生しする。
また、工場の目的は、製品を製造する事だが、騒音を出し、有害なガスを排出し、煙を吐く。これら社会に与える影響は、組織の目的に付随して起こる。多くの場合、避ける事ができない副産物である。
これに対して、社会の問題は、組織とその活動の影響からではなく、社会自体の機能不全から起こる。組織は、社会環境の中におてのみ存在する。
そのため、地域社会が社会問題に対して何ら関心を示さず、問題として取り上げないとすると、企業や病院などが健全に機能できない。だから、社会の健康を守るマネジメントが必要である。
自らが社会に与える影響への責任
故意であろうが、無かろうが、自ら社会に与える影響について責任がある。これが原則である。
社会に対する影響を如何に処理するか
社会的影響を処理するには、まず、その中身を明らかにせねばならない。明らかになった影響をいかに処理するかが問題である。
目標ははっきりしている。社会、経済、地域、個人に与える影響の内、組織の目的や使命の達成に不可欠でないものは最小化、又は、止めることである。外部への影響は少なければ少ない方が良い。
しかし、ほとんどの場合、止める事ができない。従って、影響の原因となっている活動から生じる影響を除去、又は、最小化するために、体系的に取り組む。そして、その取組の最良の姿が、影響を除去する事自体を収益事業化することである。
例えば、アメリカの大手薬品メーカのダウ・ケミカルは、工場からの有害物質の排出を無くすと決心した。しかも除去した有害物質から新たな製品を作り、用途と市場を開拓した。
影響の除去は、常に事業上の機会とすべく、試みなければならない。
もちろん多くの場合は、影響の除去にはコストが掛かり、規制がある場合h、、このコストの削減が他社との競争優位の要素となり得る。
多くの企業は、社会的影響を与える責務を怠ってきた。彼らの考えは、「規制が無い規制」が良い規制であると考えた。
しかし、影響の除去にために行動の制限が必要な場合は、その規則は、組織、特に責任のある組織にとって利益になるはずである。
規制が無ければ、責任のある組織も、いずれ無責任になり、その良識のない者、貪欲な者、バカな者、騙すものが利益を貪ることになる。
事実、規制がない事を良い事に、問題点を無視し、長期的な見通しを持つマネジメントが危機を回避する行動を取らなければ、最終的には、企業の悪事とみなされる。
社会的影響を解決する場合、トレードオフ(相殺)が必要である。
これは、得られる効果と投資とのバランスを意味する。産業界に携わる者は理解できるが、それ以外の者には理解できない。そのため、トレードオフの問題を無視しされてきた。
社会的影響に対する責任は、マネジメントの責任である。
それは社会に対する責任ではなく、自らの組織に対する責任である。
そして、その影響を事業上の機会にすることが理想である。
社会の問題は機械の源泉である
社会の問題は、社会の機能不全であり、社会を退化させる病である。
それは、組織、特に企業のマネジメントにとっての挑戦である。
機会の源泉である。
社会の問題の解決を事実上の機会に転換する事によって、自らの利益とする事こそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能でもある。
変化をイノベーションする、すなわち、新事業に転換することは、組織の機能である。
イノベーションを技術に特有なものとしてはならない。
これまでの歴史において、社会的なイノベーションは、技術的なイノベーションより大きな役割を果たしてきた。19世紀の主な産業は、新しい社会環境としての工業都市を、事実上の機会や市場に転嫁した結果生まれた。最初にガス・電気による照明事業が起こり、電車や電話、新聞、デパートなどの事業が興った。
従って、社会の問題を事業上の機会に転換するための最大の機会は、新技術、新製品、新サービスによるものではなく、社会の問題の解決、すなわち、社会的なイノベーションにある。事実、成功を収めた企業の秘密は、そのような社会的イノベーションにあった。
第一次世界大戦前は、労働争議の時代だった。失業率が高く、労働は厳しかった。熟練工でも時間当たりの賃金が15セントに下がった。ところがフォードは、1913年の暮れ、全ての労働者の賃金を3倍にした。そのころのフォーマットの労働者の定着率が1/6以下であったが、その施策後は、離職者が殆ど出なくなった。労働者確保のコストが下がり、熟練工の離職が減り、生産性が向上した。
その結果、労働総コストが下がり、T型フォードの値段をせげることが出来、利益率も上がった。
そして、その結果、アメリカに中産階級が生まれた。
社会の問題を機会に転換できれば、もはや問題ではなくなる。しかし、転換できな問題に対するマネジメントの社会的責任は何か。
社会の問題があって、企業だけが健康であることはできない。社会と地域の健全さこそ、企業が成功し、成長するための前提である。
それらの問題が、自然になくなることはない。誰かが何かしなければならない。
社会的な問題は大きく、解決の糸口を見つける事が難しい。このような問題を、マネジメントの社会的責任にすることが出来るのか、それとも社会的責任にも限界があるのか。
この章は、課題を提起して終わっています。
次章に続きます……
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